あまかけるの巣

今はうんちでも化石になるから。

休みの日にしていること

 そろそろ調査テーマに関することも書いておきたいと思う。僕が今考えているのは、ベトナムに住む人々が「休みの日にしていること」を聞き回ることだ。この話から始めて聞き出したいことは山ほどあるし、むしろこちらの想像を上回る話を聞かせてはもらえないかと期待している。今の暫定テーマはこれだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 キャリアデザイン学部の講義で生江 明(なまえ あきら)教授の「現代生活・文化と社会教育Ⅰ」というのをとっている。この生江教授の人生が凄まじくて、当時の大学はもっぱら「戦地」だったからほぼ出向かず、他大学のゼミに潜り込んでそこのゼミ生としてうまくやっていたり。バイトのお金を貯めて安い郊外の土地を買って今で言うDIYで別荘を建てたり。インドに行って3,4年間くらいそこに住む物乞いと一緒に生活をしてみて、日本のパスポートが切れて日本に帰れなくなって、バングラデッシュに行って現地の友だち3人に「こいつはバングラデッシュ人だ」と役人に証明を立ててバングラデシュ国籍のパスポートをとって日本に帰ってきたり。とにかく話が面白い。冗長すぎて眠くなるけど。

 

 その講義の中で、アジア諸国の「ムラ」の成り立ちについて触れた。タイとベトナムも出てきた。うろ覚えながら話を要約する。

 元々タイ、ベトナムあたりの地域は仏教(だけじゃないかも)への信仰が強かったらしく、皆が平等に高い信仰心を持っていた。そのためムラの人々が集まって礼拝をするための寺院が必要で、それをムラの人々が協力して作った。それぞれのムラにそれぞれ寺院が存在する(タイではWat/ワッと呼ばれる)。その後でそれらの国を占領、植民地化した国や、自国の政府によってそういった寺院を中心としたムラを無視した地域分割が行われた結果が、今Googleマップなどで見られる区分なのだ。

 つまりアジアの人々の意識の中には、「昔の区分」と「今の区分」という複数の地域区分が存在する。

 

 例えば僕の故郷・福岡でいえば、博多祇園山笠という福岡の名物祭りのときにその区分が見られる。

 

博多祇園山笠(はかたぎおんやまかさ)とは福岡県福岡市博多区で毎年7月1日から7月15日にかけて開催される700年以上の伝統のあるである。櫛田神社にまつられる素戔嗚尊に対して奉納される祇園祭のひとつ。正式には櫛田神社祇園例大祭博多どんたくとともに、博多を代表する祭りである。

Wikipediaより)

 

  

https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/9/9c/Hakata_gion_yamakasa_2005_01.jpg

 

 

 僕は最終日に行われる「追い山」という、↑この舁き山(かきやま)が博多の街を豪速球で走り抜ける行事を見に行っていた。この「追い山」が山笠の最も盛り上がるイベント(何せレースだ)になるのだが、その走るコースが決められている。そのコースに、昔の地域区分が隠れている。

 

 福岡には、天神と博多という二大都市が存在するのだが、天神は元々武家の街、博多は商人の街だった。この間を那珂川という川が流れていて、その川でこの二つの地域ははっきりと分断されている。追い山で、舁き山が走るコースは必ず「博多」の方である。

 

http://www.nishinippon.co.jp/hakata/yamakasa/2010/images/course.gif

西日本新聞社ホームページ(http://www.nishinippon.co.jp/hakata/yamakasa/2010/images/course.gif

 

 これは、山笠自体が「博多商人」の開催する祭りであったことに由来する。だから商人にとって、那珂川を越えて(偉そうな顔をしている、と反感を持っていたかもしれない)武家たちの地域を走ることは御法度なのである。天神も福岡の中心として発展してきたのに追い山のコースには絶対に選ばれないのはそれが理由だ。

 

 ローカルな話で申し訳ないけれど、要するにこういうことである。山笠の歴史を知らなければ、「天神も栄えてるし人多いから天神の中心でもやれば? 同じ福岡なんだし」と思ってしまうだろう。けれど、今の行政区分には収まらない、昔から続く「ムラ」としての区分がそれぞれの国に存在する。これがアジアの「ムラ」の特徴である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 他の国と比較したわけではないけれど、日本はこういった「歴史のレイヤー」がかなり多くないかと思う。今朝早く起きすぎて、暇すぎて、近所を散歩していたときにふと神社に入り、祠の横にあったこの地域の歴史の紹介文を読みながら思った。

 

 「日本の地名には、その地域に隠れた危険を教えてくれるものがある」という説もある。


 レイヤーが複数あるということは、それぞれのレイヤーに対してそれぞれの文化があるのだと思う。それが交差してできているのが日本だと考えれば、日本も面白くなる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 とりあえず最近気になっていることと研究テーマとを並べて書いてみた。ムリヤリ共通点をひねり出してみる。

 

 「休みの日にしていること」、つまりは自分あるいは自分の家族がその日の衣食住をこなすために必要な「仕事」を終えた後にしていることは、「文化」のきっかけになるんじゃないかと乱暴に考えている。なぜなら、そこでやっていることは「別にやらなくてもいいこと」だからだ。だが私たち人間はどうやら昔から「暇に耐えられない」生き物であるようだ。だから暇な時間を使って、何かをする。その何かが文化を創り出す。「休みの日にしていること」を聞くことで、その地域の文化の入り口に立てるかもしれない。

 「もっぱらゲームをやっています」「寝てます」も文化になると思う。その社会を成り立たせている人の多くがやっていれば。でももし家族と一緒に暮らしていたら? 家族が商いをやっていたら? 僕が全く知らないことをやっていたら? また違った文化が生まれることだろう。

 

 

 問題は「ひとりでベトナム語でそんなことをベトナムの人に聞けるのか」ということだけだ。翻訳こんにゃくさえあれば、結構楽しい研究になるんじゃないかと思う。また変わるんだろうけど。