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あまかけるの巣

今はうんちでも化石になるから。

法政はどこの大学よりも「幅広い」んだってよ

 生江先生の講義を取った面子で、飲み会をしました。また面白い教授にお会いすることができました。生江先生の講義で、そして今日の飲み会で学んだことを、ざらざらっと並べてみます。

 

○日本の農村は自治組織だった。百姓代が自分の村からどうにかこうにしかして決められた米を年貢として治めるが、その方法は百姓代に完全に委ねられていた(村民にとっては融通が利く制度だった)。

 

○タイのムラは、寺(Wat)を中心にして作られている。これは今の行政が区分した地域とはまったく異なるものである。

 

○井戸の水が飲めないとする。それをどうするか。水を浄化する、という方法ではあまりにコストがかかりすぎる。そこで発想の転換をし、その水を染め物に使う。そうすれば織物を売ったお金できれいな水を飲むことができるようになる。このように、「道具」をあらゆる用途に使えるようになった方がいい。

 

○最善の「支援」は、モノや資金を提供することではなく、自らそのコミュニティに融け込み、システムの一部になることだ。

 

○大規模なシステムの隠し方

 1. 時間軸に隠す

  5年で得をして、そのツケを100年かけて払わせる。

 2. 空間軸に隠す

  日本国内の繊維工場は、公害対策基本法のせいで繊維が作りづらくなった。それで何をしたか。他のアジア圏の国々に自社工場を移し、そこで繊維を作り日本に輸入する形を取った。日本国内では公害は確かに発生しなくなった。

 3. 社会軸に隠す

  ダムができることは、大多数の人々にとって安定した水供給を保証する。しかし少数の人々のすみかを奪ってしまうこともある。

 →私たちが豊かになるということは、誰かが私たちを豊かにしてくれていることを忘れてはならない。「発展」したときは、どこにしわ寄せが来ているのかを探すべし。

 

○私たちは自分の所属する環境を自由に選択できる時代にいる。人間は環境に左右される動物だ。自分が何かやりたいことがあっても、ひとりでできないことであれば、環境すなわち周囲の人の協力を得る必要があるのだから。環境は自由に選択できるのだから、嫌だと思ったら抜け出す勇気を持ち合わせておくべきだ。

 

○コミュニティに「排他」は起こらない。基本原則は「来る者拒まず、去る者追わず」。「排他」が起こるのは「徒党」であり、それはコミュニティとは呼ばない。つまり徒党にのめり込まないためにも、いつでも抜け出せる勇気を持っておくべきだ。

 

○法政大学には(生江先生の感覚では)いろんな人が集まっている。というのは、いろんなことを言う人が集まっているということ。特に教授は。今の学長でさえ権威に反抗したひとりで、そんな人を学長にした教授たちが揃ってる。この状態は「大学の状態」としては健全なんじゃないかな。

 

 

 

 とにかく大切なことを学べたし、大切な「思考の型」をいただきました。

 さらには、私の所属する(予定の)荒川先生が高校時代の同級生だったことも知り、あらあら類は友を呼ぶのかねえなんて話をいたしました。ズブロッカに酔わされて、タクシーでお帰りになりましたが、はたして無事にお家にたどり着かれたのでしょうか。

 

 今日は、日記ということで。