あまかけるの巣

今はうんちでも化石になるから。

ピエロ

 一時期、「自分の憧れの人って誰だろう?」と考えていた時期があります。そういえば自分にはそういう類いの人がおらず、当時はまだ自分のよりどころが揺らいでいたので、結構真剣に考えたことを覚えています。

 そのときの「憧れの人」を、子どもたちと戯れる中で思い出しました。

 

 ピエロです。

 

 あのときはピエロに関していろんなことを調べました。ドンキでピエロ用のメイクを衝動買いした記憶もあります(今もたぶん実家にある)。もちろん「ピエロ」という一種のキャラも幅広く、ピエロ「である人」がそれぞれ自分の思うピエロを演じていますが、ピエロというキャラの設定が好きになりました。

 まず、サーカスでよく出てくるキャラ「クラウン」があります。クラウンには、「滑稽な格好、行動、言動などをして他人を楽しませる(Wikipediaより)」役割があります。道化師、大道芸人という日本語が当てられています。

 サーカスのことを少し知ろうと思えば出てくる情報ですが、プログラムが進行していく中で、「転換」の作業にどうしても時間のかかる箇所があります。芸人やミュージシャンのライブ、他の演劇などでも、大規模なものであればプログラムのどこかで映像作品を流したり、ファンと一緒に何かをしたりなどというパフォーマンスがありますね。あの役割を担うのがクラウンです。

 

 調べていく中で出てきたこのサイトが最もよくまとめられていたのでご紹介します。「東京マッド」さんという現役のクラウンの方です。

クラウンとは?(道化について)

 

 そのクラウンがコンメディア・デッラルテという即興喜劇の中でひとつの配役「アレッキーノ」として登場、それがフランスに渡り(このときは「アルルカン」と呼ばれた)、アルルカンが次第に優位な役を演じるようになり、その対比として生まれたのが「ピエロ」という役だそうです。

 (共通の)敵を見出すことで、味方意識が強くなる。これは万国共通の原理です。ピエロを利用してアルルカンを引き立てたわけです。

 その歴史の名残として、「ピエロ」であるクラウンの目の下には黒い涙がついています。SEKAI NO OWARIの皆さんがライブで目の下に涙をつけたことがありますが、それはまさしくこのピエロのことをイメージしていたように思います。

 

 なんとなく、このメッセージが当時の私に刺さったんですね。今思い返すと「うーん、被害妄想激しくない?」とも思う自分もいますが、今のアルバイトで子どもたちと接しているときに感じるのは、このピエロの存在です。

 

 独断が入りますが、私にとっての「ピエロ」は、おどけて人を笑わせて、一見「いい人」のように見えますが、その心の底には「自分」がいます。決して「自分」を見失うようなこと(=涙を消すようなこと)はしない。それがアルバイトの中で言えば「安全性」ということになります。子どもたちとわいわい楽しく過ごしているのに、子どもを危険な目に遭わせるのは違うよね。嫌いだ。だから安全に子どもたちが時間を過ごすのを見届ける「自分」は失わない。そういうスタッフでありたい、と思います。それが楽だし楽しいので。

 

 

 以前私は接客業の仕事しかしたことがないと書きました。その仕事先の先輩の方と仕事の愚痴をぽろぽろ話していたときに、先輩がされた話をご紹介します。言ってしまえば「昔はよかった」なのですが、最近のお客さんはどうも自分の方が立場が上だと勘違いしている、と。こちらとしても仕事に誇りを持っているので、自分がした間違いや社が決めているサービスが遂行できなかったときは誠心誠意謝罪している。けれど、それを超えたサービスを「そんなこともできないの?」と責めるお客さんがいるそうです(確かにそういうお客さんに接したことがあります)。昔はそんなことをいうお客さんは「客じゃねえ! だったらうちのサービスを使うな!」と言うことができたけれど、今それをやると本社の方にクレームが入って即クビになってしまう。家族もいるし生活が不安定になることは好ましくないから、泣き寝入りするしかない。。。

 こういった問題はどの接客業でもおそらくあると思います。お客さんはその会社のサービスを良くしてあげようと思って言っているのかもしれません。けれど実際にそれをやり出すと、特に「他の人に仕事を代わることのできる」仕事であれば、仕事を代わったときにその人にその特別サービスを伝えなければならず、さらに次の人へ、次の人へ、、、と繋がってしまいます。もちろん少人数であれば「人情」ということで片付けられるのですが、大規模な組織ともなるとうまく回りません。

 だから、常に新しいサービスを要求されたときは、それを受け入れる姿勢を取りつつ、それが本当に実現可能かどうかを判断する必要がある、というのは、「他人のビジネスに乗らせてもらっている」ときには大事なことだと思います。

 

 そういった複雑なものごとを、「笑い」にしてしまう余裕のあるキャラクター、それがピエロなのです。

 

 先日バー・タングラムの樋口さんといっしょにお話をしていただいたときに、私の恋愛観ってなんだろう、という話が出ました。そう聞かれて、自分が思うことをつらつらと語ると、樋口さんは「赤嶺くんは自分がすごいと思う、尊敬している人に認められたい、受け入れられたいんじゃない」とおっしゃいました。

 まったくその通りだなあと一時思いましたが、それはよく考えれば恋愛に限らず、私が人間関係をともに築きたいと思う人全般に当てはまることでした。

 

 たぶんこのとき、私は自動的にピエロになるのだと思います。その人に認められる、恥を捨てて言えば一目置かれる人になるためには、なんてことを無意識に考えながらお付き合いさせていただく。この考え方はおそらく、家族だろうが友人だろうが赤の他人だろうが変わりません。

 「八方美人」ともちがうと思っています。意識的に接し方を人によって変えているという自覚はないからです。

 

 まとめ方がよくわからなくなった記事になってしまいましたが(5日くらい下書きのまま放置してました)、とにかく私はピエロでありたいみたいです。