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あまかけるの巣

今はうんちでも化石になるから。

川のほとりで【ホーチミン滞在2日目】

 昨晩10時ごろに寝たため、今日の起床は5:15。睡眠分析+アラームの機能のついたアプリを使っているのですが、睡眠の質85%。最高記録かもしれません。そういえば中学生のときの先生からなんやかんや逃れる夢を見てたなあ。

 起きてパソコンにて全員のブログを読み読み、コメント書き書き。この作業1時間。複眼的にこの研修プログラム自体を眺められるのが楽しくて。ハマりました朝の日課です。

 

 今日はいよいよ待ちに待った朝カフェ挑戦。ほとんどというよりほぼ全員お客さんが現地の人の、朝だけ営業しているカフェに。Công viên Tao Đàn(タオダン公園。そしてこのCông viênコンヴィェンという発音は「公園」の読みそのままかと)の朝カフェです。

 今日のタクシー。いよいよ「タオダン公園に行きたいです」を覚えることができました! 住所や地図を見せれば通じるのですが、言葉添えした方がこっちも楽しいので。タクシーを呼びながらノートに書いてある文字を暗記。ドアが開くと同時に「Em muốn đi đến Công viên Tao Đàn.」一発で通じました。うれしい! 次は「ここで降りる」だな。

 ちなみに数字の発音も少しずつ磨いています。やっぱり腹立つんです、ちょろまかされると。ちゃんと「năm mười...sáo ngán...」って声に出して手渡してみたり。金の取れない日本人だと思われてるかも。

 

 さて、うまくタクシーも乗りこなせるようになったところで、Công viên Tao Đànへ。まず聞こえるのは鳥の合唱。ピビーヨ!ビヨチュンヴーツクツクツク!!キャーッ!!!キャーシャーシャーッ!!!! 本当に凄まじい声。

 

 

 本当に不思議なのですが、この鳥たちは全員このカフェのお客さんがカゴごと家から連れてきた鳥たちなのです。木村先生情報によると鳥たちを自慢するのと鳥たちの健康に良さそうだからなのだとか。確かにぼちぼち帰って行くお客さんを見ていると、カゴをスクーターの後ろにくくって連れて帰っていました。ここらへんからしても、やっぱりホーチミンにおける「カフェ」の楽しみ方ってやっぱり日本とは違うはず。

 

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イスは重なっている。好きなだけ取れ、と。

 

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9/2 3回目 Công viên Tao Đànの朝カフェ。

 

場所: Công viên Tao Đàn, Nguyễn Thị Minh Khai, HCM/VN

店の様子: 机とイスが青天井の下に数多く並べられている。足りなければ自分で増やして好きな場所に並べるよう。もうひとつ近くにある東屋の屋根の下でも席を置ける。敷地内奥にある、お祭り会場の露店のようなテントが厨房。食べ物と飲み物をそれぞれ販売している。お客さんはだいたい2人以上、おしゃべりと鳥の声を楽しんでいる。祝日ということもあり、お客さんはいつも以上に長居しているみたい。朝で涼しく、とても開放的な印象。

 

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食べ物のメニュー:

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・たまごを挟むバインミー 18K

・魚を挟むバインミー 20K

・牛肉ステーキと卵 50K

下三つはラーメンのようなもの 25K

全体的に、朝ごはんには十分な量が出てくる。

 

飲み物のメニュー: レストランのような明記されたメニューはなかったが、コーヒーの他ソフトドリンクやヨーグルトなども頼むことができる。

 

頼んだもの:

・Cà phê sữa đá ×2 (1杯20K)

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氷が丸っこい。こういうカフェでは多いらしい。

 

・Mìn nươc bò ×1

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Cả phê sữa đáの味: 苦みと甘みがちょうどよくバランスを取り合い打ち消しあっている。しかし甘さの方がより強く後味として残る。

 

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 1時間ほどカフェに入り浸り、その後少し歩いてDinh Độc Lập(統一会堂)へ。当時大統領邸だったここに、1975年4月30日、北ベトナムの戦車が正面突破。ベトナム戦争の終わりを象徴する出来事となりました。

 

 

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 …と書きましたが、実際に一般的にはこの出来事が戦争の終わりを象徴すると言われているのですが。

 

 戦争の終わりって、そのときベトナムに生きていたそれぞれの人が持っている個人的なものだよ、と思いました。日本の戦争の終わりの象徴は玉音放送でした。放送したのはひとり。けれどそれを聴いているのは大勢。散髪屋さんのラジオで聴いた人もいるだろうし、車のラジオで聴いた人もいるだろうし、料理を作りながら、みんなでラジオの前に集まって聴いた人も、風邪で寝込んでしまって聞き逃した人もいるはず。

 そのときそのときで、みんなは何をしていたんだろうと思いを馳せました。

 

 さてさて、その後この周辺を自由に散策。目的地をNhà thờ Đức Bà Sài Gòn(サイゴン大教会聖母マリア教会)に設定。

 その道中、道端に謎のポールを発見。どうやら、歩道と横断歩道の間にそれぞれ設置されているよう。みんな普通に足上げて渡っちゃうので、何の意味があるんだろうと気になる気になる…。

 

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 すごい教会。フランスの建築様式。この規模ならちゃんとマリア様にも見つけてもらいやすそう。

 

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生まれて初めて本物の教会に入ったのですが、テレビでよく見る礼拝堂そのまま。中に座って祈りを捧げている人もほろほろ。入り口の外ではアクセサリーを売ってる屋台が1台。周りの道路では2組のカップルがめでたくゴールイン。本当にカオスです。

 

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 とはいえ、教会の中の雰囲気は「どこでも見られる」教会。内装での文化の融合は見られませんでした。ひょっとしてキリスト教の宗派同士で融合しているところがあるかもしれないけれど。

 

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 その後時間ができ、Dinh Độc Lậpの前の公園のベンチでひとり座ってひと休み。そうしていると、現地の人から突然英語で話しかけられました。

「From Korea?」

 むむ、人生初だぞ韓国人と言われたのは。

「No, I'm from Chinese.」

 語法ミスりまくり。しかも誤報。まだその人を信用することができず、ここでジャパニーズとでも言おうもんならそばに座られて笑わされてるうちに財布をスッ、という展開かなあと思い、とっさに嘘をつきながらお話しすることに。

「隣座るな」と言って私の右に座る彼。

「I'm ディン。you are?」

「キム・チョンナイ(だったかな、とりあえず中国名っぽい名前を言ってみました)」

「Nice to meet you.」

 握手を求められ、カメラをわしづかみしていない左手で握手。右手に左手で握手。逆です。

 

 いろんなことを話しました。どこに住んでるんだ、上海か、北京かと聞かれ、上海だと答えると上海のどこだと聞かれ、窮地に陥り話をそらそうと、「実は私は中国が嫌いで、地名も覚えたくないくらいなんだ」と言ってみる(どうしたらそうなるんだ)。なぜだと言われたので頭フルスピードでストーリーを組み立てる。このころにはもう、この人は大丈夫かなと思っていたので、「12歳で日本からちょっとしたことがあって逃げてきた。無理矢理追い出されて仕方なく中国に入ったんだ」ということにしておいた(もうちょっと拙い文だった)。我ながらストーリーを考える力はある。即席脚本。

 すると「ああ、オレも中国は嫌いなんだ、No Chinese, I don't like China.(中国政府が嫌いってことかな?)」と言ってくる。わけを聞くと、「日本のサムライは偉いよな。内乱(下克上?)で勝ち進んだやつにきちんと従う。日本の戦争は終わった。ベトナムもそうだ、ベトナムの戦争も終わった。でも中国は戦争が好きみたいだ。いつもどこかで戦争をやっている(そうだっけ)。」

 

 「日本に来たことはあるか」と聞くと、なんと奥様が日本人。写真見せてやるよと見てみるとあら美人。MORI SAORIさんというお名前だそうで。「う〜」と私たちの50m先で結婚式の写真を撮っているカップルを指さして言ってみるとちょっと照れる。かわいい。

 どうやらディンさんは日本で働いていたことがあるようで、静岡でヤマハのピアノを作っていたそう。そのときに奥様とも出会ったそうで。今は奥様とふたりでホーチミンに暮らしています。

  「写真撮ろうよ」と言うと喜んで写ってくれる感じ。でもカメラを向けると突然ディンさんが「Many police...」と言いながら立ち退く。見るとスクーターの後ろに警官が。止めちゃいけないところだったのかな。それでディンさんが戻ってこないので手を振ってお別れしました。

 

 お昼、生涯初の(この言葉使いすぎてバリエーションが尽きました)フォーをいただくことに。どうやらフォーで一番おいしいお店らしい。

 入った瞬間に香る、豚足?鳥足?の匂い。江戸っ子のバイト先の先輩が「獣臭い」と言っていた匂いが広がっています。この匂い、とっても好きなんです。だって福岡の豚骨ラーメンの匂いだから。この匂いだよ、この匂い。

 

 

 そしてここでもCà phê sữa đàを注文。

 

 9/2 4回目 Chúe quq khdeln ngen mleng

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味: これまで飲んだCà phê sữa đàの中でもっとも「たるい」。甘ったるい。ストローを吸うのにいつもの3倍くらいの力が要りました。たるみがずーっと続きます。これは…水がないと苦しい。

 

 

 ここで全体の活動は解散。またカフェに行きたいと思い、「近くにチュングエンカフェはありますか」と店員さんに聞いてみる。「チュングエン…?」という顔。「Cả phê, チュングエン」と言ってみる。うーんと店員さん考えて、「ああ、チュンエンカーフェーね」。グ、いらなかったみたいです。Trung Nguyên。チュンエン。ちなみにこのTrung Nguyênは漢字ではそれぞれ「中原」。どういう意味なんだろう…、街中でTrungとNguyênを見る度に気になっています。

 

 お店の人が案内してくれたTrung Nguyênのお店は、昨日みんなで2回目に行ったお店と同じでした。

 

 9/2 5回目 Cà phê Trung Nguyên

頼んだもの: Sáng Tạo 2: Khám phá  sữa đá 49K

 sữa đáの味のみが感じられる。1の方が苦い(1はロブスタ種オンリー、2はロブスタ種+アラビカ種で苦いロブスタ種が少ないはずだから…)はずだが、sữaの後味はほぼ残らない。コーヒーとは思えないかな。

 

内装:

 昨日は4階だったが、今日は2階に座った。内装をじっくりと観察してみた。

 

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・同じ本が並んでいる。タイトルが「Khuigun Học」。筆者なんと福沢諭吉。何の本なのかネットで調べてみたが、日本語版の本が見つからず内容分からず。この本がオシャレにディスプレイされ、店内の大型スクリーンにこの本の宣伝番組(本を笑みを浮かべて共に読む男2人の様子など)のようなものが放映されていた。

 

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・流れている音楽で知っていたのはジブリ魔女の宅急便

・机に黄色い花が置いてある。ラベルが一周巻かれており、そのラベルに文字が書かれている。「Sáng Tạo   Phụng sự   Thành Công(イノベーションは 成功を もたらす)」

 

・コンクリートの壁。白い部分には中国風の装飾。

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お客さんの様子:

 2階席には男1人、男1人(福沢諭吉の展示してある本を読んでいる)、女1人(厚い辞書を机に2冊置いて電卓をはじいてふせんにメモしている)、男2人、男女2人、男2人女1人、男2人女2人、女4人がいた。

 私の左隣に座っている男は西欧風の顔をしていて、そこにベトナム人女性(ベトナム語を話していたからおそらく)が合流し、男が何かを教えているようだった。

 

その他気づいたこと: Trung Nguyênのお茶は一度に多く飲むと鼻にくる。

 

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 その後、一度宿泊先に帰り、宿泊先に近いサイゴン側の分流を登ってみることに。タクシーもいいけれど、やっぱり歩かなきゃ土地勘つかめないですし。ぶわーっと歩いてみました。

 

 分流の下の方は人が少なかったです。いても1人2人。上がっていくにつれて人が増え、デートスポットのような感じに。市場も出てました。この市場、気に入りました。

 

 そしてその足で高橋さんの誕生日お祝いへ。20歳おめでとうございました!(19歳がまたひとり減りました!)

 

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ここにもありました謎ポール。

 

 

 

 ほとりでいろいろ考えたのでまとめて書いておきます。

 

 

 

 日本で街歩きをするときは、大抵イヤホンで音楽を聴きながら歩くのですが、少なくとも今の段階ではホーチミンでそれをしたくなることはありません(盗人にロックオンされるのでしませんが)。なんでかな、と思ったら、やっぱり目の前の状況に常に驚いているからでした。道路も斜めになっていたりヒビが入っていたりガラスの破片が飛び散っていたり。バリアフリーも何もないこの街には「ノイズ」が多くて、とてもとても退屈しないのです。これを見ると、日本の道路整備の形はちょっと行き過ぎかもなあと感じました。

 

 私たちはよく「闇深いね」という表現を使います。「心の闇が深い」とカジュアルに言いたいときに使うのですが、私は個人的に闇が深い人が好きです。平たく言えば、過去に「傷ついた」ことのある人です。勝負に負けたとか。一概には言えませんが、闇が深い人ほど、自分の中にある闇にきちんと向き合ってきた人ほど、想像力があると思っています。それは他人の心の闇に対しても。ここで使われている「闇」ってどんな世界だろうと思って考えてみると、「嫌い」に覆われた世界なのかなと思いました。自分に不都合な事実が起こったとき、その事実を私は恨み、憎み、「嫌い」と感じると思います。それがかたまったものが、闇。もしそうだとしたら、その闇の世界はもっと自分で育てたいなあと思いました。

 

● 

 人を「理解」するのではなくて、人と「共感」することの方が自分は好きなことに気づきました。言葉の定義をしておきます。「理解」とは、その人について知ることです。その人についてのプロフィール収集作業です。どこに住んでいて、何が好きで、嫌いで、何かに詳しくて、あの人との関係はどうでこうで、といった情報を知ることです。「共感」とは、そのままですが共に似た感情を感じることです。共通の対象があって、それに対して何かをいっしょに感じる。

 もちろん相手を理解するからこそ共感しやすい面もあります。数字を知らなければ、それが必要なときに話が前に進まず共感なんてできません。それでも、少なくとも「理解すること」を目的にするのは違うなあと思います。それはより広く解釈すれば、データを集めて喜んでいる状態です。

 

 ホーチミンに来てから2日経って、いつのまにか人に対して「いいひとだ」「悪いひとだ」思うことがなくなりました。例えばニコニコしながら親切に道を教えてくれたおばさんに対しても、3000ドン(15円)をぼったくろうとするタクシーの兄さんに対しても、この人はいいひとだなあ、悪い人だなあ、と思うことがなくなりました。

 「この人はいいひとだ」と思うとき、私は単刀直入に言えば「この人は私の言うことをきちんと分かってくれる(=私に従う)使い勝手のいい人だ」と考えています。「いいひとだ」と思う自分をよくよく捉え直してみると、こんなことを考えていたひどい自分を発見しました。逆もまたしかり、「わるいひとだ」と思うときは要は使い勝手の悪い「不便な」人だと思っていたのです。

 もちろんこの問題については何年も前からうすうす気づいてはいたのですが、ホーチミンに来てしかとそんな自分を目の当たりにしました。食べログホットペッパーなど、レストランをランキングするサービスがありますが、これらを私はあまり信用していません。見るところと言えばレビューではなくメニューの写真(価格が知りたい)や営業時間などの基礎情報くらいです。それぞれの人の好みなんですよね、結局「評価」は。そしてそうやってつけられた星の数を見て、それを「客観的事実」として捉えるという謎の行動に違和感を抱いていたのでしょう。

 

 自分の好きな人、嫌いな人というのも、実は自分にとっていいひと、わるいひとであるだけなのかもしれません。