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あまかけるの巣

今はうんちでも化石になるから。

楽 in 東南アジア

 ベトナムベトナムの民謡? 歌謡祭? を目の当たりにし、「東南アジア」という場所で聞こえる音楽にすっかりハマってしまい。先日渋谷で開かれた爆音映画祭の初日公演「モーラムユニットライブ」に行ってきました。

 

 タイといえば、バンコク(中央)やプーケット(南部)などが有名ですが、タイ東北部の「イサーン(タイ語で「東北」)」と呼ばれる地域は、独特の音楽、映画などの文化が作られる場所だそう。その音楽文化を活用し、「モーラム」という言葉(歌ではない!)、「ルークトゥン」という演歌のような音楽、そしてビートを混ぜて演奏するのが今回のライブでした。

 このイサーンも、なぜこうなったのか調べたい…。気が向いたら。イサーンについての詳しい説明は爆音映画祭のHPをご覧ください。

 

 まずは聴いてみてください。1時間くらいありますが。

 

 


 

 まさにダンスミュージックです。これを大音量で流して街中で踊る…というのが娯楽のひとつだそう。

 ただ西洋の(と一括りに言ってしまいますが)それと比べると、ほぼ曲に「濃淡」がありません。いわゆる「サビ」というものが存在しないのです。盛り上がるポイントのようなものが特定されていない。それは何を意味するかというと、終始踊り続けられる音楽であるということです。

 

 ライブでもこのレコードでも、一応曲と曲の間で終止符が打たれていますが、もしこの音楽が歌とともにいつまでも続いていたら…。永遠に楽しく踊ることができてしまいます。

 

 そこで思い出したのが、「天竺」という発想です。もちろん宗教などによって解釈は異なるとは思いますが、天竺が意味するのは「永遠の快の世界」です。または苦しみ、悲しみがない世界ともいえるでしょう。

 どうもこの音楽、もし自分が天竺に言ったら聞こえてきそうな音楽だなあと思えてくるのです。

 

 天国の音楽、といえば、スタジオジブリの長編アニメ映画「かぐや姫の物語」のサウンドトラックとして使われた「天人の音楽」があります。

 

 


 

 この音楽の旋律も、その気になれば永遠に演奏することができそうです。また、ダンスミュージックとしても心地よさそう。なんだかモーラムと似ているなあと思います。

 

 わけあって、大まかに「東洋哲学」を勉強していまして、その哲学が音楽に実用されているなあと感じて惹かれています。