読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

あまかけるの巣

今はうんちでも化石になるから。

ママチャリ偏愛

 今通っている大学まで通学するのに、自転車を使っている。だいたい1時間くらいで着く。山(上り坂)は行きも帰りも2つ。それでもそこは関東平野、高校時代の自転車通学に比べれば楽なものである。

 7月まではマジメに電車に乗っていた。通学定期を契約して(いつ止めてもいいようにと1ヶ月契約しかしなかった)、満員電車に慣れていた。それがいつしかできなくなった。できないということはないのだが、電車に乗るのがあまり好きではないと自分が感じていることに気づいていた。

 電車は、空いているときに乗るのがいい。ちょうど7人がけの座席に2,3人分の空白がある状態。ちらほら立っている人もいる。そのくらいがちょうどいい。

 

 人がたくさんいる空間は、楽しい。いろんな人が自分の目指す方向に向かっていたり、商売をしていたりする。けれど、その空間にいることは自分にとって少なからずストレスなのだ。特に、そこにいる人が殺伐としているときは。

 具体的に言えば、渋谷、原宿の人混みは嫌いで、新宿(歌舞伎町、商業地区に限る)、上野の人混みは比較的好きだ。これは単に、その土地に対するイメージに影響されているわけではない。現にそう感じている自分がいるのだ。

 

 満員電車はストレスである。このことをしっかり認めて自分の体のどこかに忍ばせておくだけでも、それに対する嫌悪感が行動力になったりする。そのおかげで私は自転車に乗ることを選べたのだ。自転車で走ることは元々好きだから一石二鳥。

 もう少しだけ、電車の嫌なところを書いておく。電車は、特に利用者が多い路線は、広告が多い。その広告が気になって仕方ないのだ。デザインをかじっていたり、言葉の選び方に興味があったりするミーハーは、こういった広告に目がない。つい、どんな言葉の使い方をしていて、どんな余白の使い方をしているのかを研究したくなる。それはもはや、体の反応である。そうなると、当然疲れる。それが嫌なのだ。これは電車のせいというより自分のせいだな。

 

 その点自転車で走っていれば、確かに街中に広告は見かけるが、電車ほどのインパクトはない。距離も十分ある。しかも、風が感じられて気持ちがいい。車やバイクとのコミュニケーションをとったり、そこで気持ちのせめぎ合いをしたりするのも楽しい(車やバイクにとってははた迷惑な話かもしれないが)。

 

 ちなみに乗っている自転車はママチャリである。と書くと、(スポーツバイクではなく)ママチャリに乗るということにやたら意味を感じているように思うかもしれないが、そういうことではない。単に、自転車に6万も7万も出したくないと思うからだ。自転車は盗まれるもの、と考えている自分がいるので(バイクのような十分な重さもないし)、そこに投資したくないわけだ。そうなると必然的に選択肢はママチャリしかなくなる。スポーツバイクの爽快さに比べれば確かに劣るかもしれないが、鈍行列車のような味があっていい(と思い込むことで自分をごまかし続けている)。

 ママチャリ偏愛でした。