あまかけるの巣

今はうんちでも化石になるから。

気持ち悪いくらい落ち着いている【ベトナム滞在1・2日目】

 今一番驚いていることは、「ベトナムに来た!」という感覚がほとんどと言っていいほどないということです。初めてベトナムホーチミンでフィールドワークをしたのが去年の今ごろ。そのときはホーチミンのカフェ文化を調査するという目標で、カフェに入って3時間くらいただただカフェのお客さんやら内装やらを観察・記録しました。

 初日、引率の先生に「ベトナムに来てみてどうですか?」と聞かれて、「正直、怖いです」と答えました。バイクと車にプープークラクションは鳴らされるわ、ちょっと街を出歩いたらバイタクのぼったくり兄さんたちに「こんにーちはー!」って言われるわで、ビクビクしながら街を歩いていました。おまけに滞在先のホテルのオーナーにもなかなか会うことができず、なんとなく落ち着かない。自分ひとりでも落ち着けるようになるまで、長くかかってしまいました。

 ところが今回は、異様に落ち着いているんです。確かに2回目だからというのもあると思うけれど、ホテルの人とそれなりに会話ができているからというのもあると思うけれど、とにかく落ち着いてます。

 

 ひとつ思いつく理由は、飛行機の乗り換えで寄った香港国際空港での出来事があります。成田から香港まで4時間、そして1時間ほどのトランジット、香港からホーチミンタンソンニャット国際空港まで2時間というスケジュールだったのですが、その香港でのトランジットのときに、受託手荷物を一度引き上げる必要があったんです。実はベトナムに来る前に、ネットのどこかでロストバゲージの被害にあった方をお見かけして、「トランジットのときに一度受託手荷物を引き上げるといい」とおっしゃっていたのを真に受けてしまい、荷物を香港で引き上げたいと成田のカウンターで伝えてしまったんです。ところが当たり前なのですが、荷物を引き上げるには一度香港に入国する必要があります。入国審査を受けて、荷物を引き上げて、もう一度カウンターに荷物を預けて出国審査を受ける。要は4度手間だったわけです。

 そうとも知らず呑気に香港で飛行機を降りて、乗務員さんに「荷物を引き上げたいんですが…もしかして一度入国しないといけませんか?」と聞くと「そうですねえ」と言われ。トランジットは1時間しかないのに…。しかも空港めっちゃ混んどるやん…。これで時間に迫られ、焦りに焦ってしまいました。ここは海外、日本語は通じない。きっと誰も助けてくれない。誰にも頼れない。

 ところが結局、私は乗務員さんや空港の清掃員さんやカウンターの人に自分の拙い英語を聞いてもらい、べったり頼りました。自分の殻が破れた気がしました。分かんなきゃ聞きゃいい。英語が拙かろうが何だろうが通じりゃいい。本当の意味でそれが理解できたような気がします。

 

 そのおかげで、前回ベトナムに来たときのように、「怖い! 怖い! セオム(バイタク)の兄ちゃんがこっち見とる! 見んなこっち! あー!」という思いが完全に消えました。前回と同じようにタクシーはマイリンとヴィナサンしか乗らないし、バイタクには絶対に乗らないけれど、心の余裕がびっくりするくらいある。成長なのか、ただの慣れなのか。まあ、しばらくしたら初めてのダラット、バンメトート訪問が待っています。そこでも同じように、落ち着いて余裕を持って生きてられるかですね。

 

 

 成田で食べた「おぼん de ごはん」っぽいお店のおいしい和食と機内食×2(!)でおなかがいっぱいだったので、夜は御園生先生(去年の引率の先生)とコーヒーを飲んで(私はすぐ寝たかったのでヨーグルトを飲みました)済ませました。先生とは、バンメトートの話やコーヒー周りの話、バスやおすすめの場所などの話をしました。先生はホーチミンでバイクを借りていらっしゃったようで、二ケツで送り迎えをしていただきました。

 その夜、泊まっているホステルの小さなラウンジ(ひとり掛けのソファが二つ向かい合っているくらい)で休憩していると、同じ年くらいの女性が向かいのソファに座ってきました。話を聞いていくと、彼女はベトナムのダナンから、ホーチミン市内の病院に来ているようで、私と同じ20歳の大学3年生でした。見た目で判断するのはあまり好ましくないかもしれないけれど、iPhone 7を持っていて、大学に通っていて、飛行機でダナンからホーチミンまでいつも病院に通っている(頻度は聞けなかったけど)ことから、だいぶ裕福な暮らしをしているのかなーとなんとなく思いました。彼女はダナンの外国語大学に通っていて、日本語を勉強しているそう。英語まじりの日本語でいろんなことを話しました。彼女は自称N3(日本語検定の指標。N1がもっとも難しく、N5がもっとも簡単)で、「冗談」「音楽」などけっこう込み入った日本語の漢字も知っていました。自分の住んでいるところの話をしたり、彼女の宿題を手伝ったりしていたら夜中の1時に。さすがに寝ました。

 

 次の日の朝、起きたり二度寝したりしながらきちんと起きたのが10時。よっぽど疲れてたんだろうな…。彼女は7時頃に、さようならのメッセージを私に送ってくれていました。「きちんとさようならが言えなくて残念ですー」とメッセージを返しておきました。

 それから街角のバインミー(フランス風パン)を15,000ドン(75円!)で買って食べ、タクシーで去年も使ったレートの良い銀行で換金。少し円安になっており、1ドン202円で換金、4万円を渡したら8,000,000ドンくらいになりました。普通のお店では使えなさそうな500,000ドン(2500円くらい)を大量にもらいました(さて、どうやって使おうか)。

 そしてそして、念願のタオダン公園(Công Viên Tâo Đàn)で甘ったるいCà phê sữa đà(コンデンスミルク入りアイスコーヒー)をごくり! 1年前にもいたお兄さんに心の中で久しぶりーと言いながら、靴磨きの少年から必死に逃げながら。じんわりと「ホーチミンにいるなー」と感じました。

 お昼を食べようと別のカフェに移動、300円ランチです。ホーチミンの料理はどれも、慣れてしまえばうまい。「こりゃあ太って帰っちゃうなあ」と思いながらゆっくり食べました。そのカフェでインターネットに繋ぐと、一通のメッセージが。昨日の夜だらだら話した彼女でした。いわく、ダナンに帰る飛行機が夜出発だから、それまで時間があると、私が朝返したメッセージに返してくれていました。せっかくだからということで再び会うことに。ホーチミンの郵便局を回ったり、一緒にカフェに入って日本語の勉強を手伝ったりと楽しい半日を過ごしました。

 

 彼女との会話を詳細に記すことはしませんが、本当に心の底からずっと思っていたのが、「正しい言語なんてない」ということでした。結局言語はツールであり、もちろんツールにこだわりを込めることも良いのだけれど、それを全員に強制すべきじゃない。特に私と彼女のように、伝わればいいという関係であれば。もし伝わらないのなら成すべき努力は2種類あって、ひとつは、これはあたりまえなのだけれど、きちんと言語を勉強すること。もうひとつ、面倒くさがらずにきちんと「聞き直す」こと。思えば何度も何度も「What do you mean?」ってお互いに言い合ってました。すぐに言いたいことが伝わらないのはもやもやするし、聞き返されると「じゃあもういいよ」と受け流してしまいがちですが、本当に伝えたければ聞き直す。あたりまえのことなのだけれど、私は今まではそれをしていなかったように思います。

 そしてもうひとつ、彼女との会話で思ったこと。結局、私はたとえ言語を完璧にマスターしても、彼女の「本当のところ」は分からないんだなあ、ということ。実はこれは昨晩の御園生先生とのお話の中でも上がった話題です。御園生先生いわく、どうしてもみんな、目の前の人と話ができればそれでその人を理解できると思いがちだけれど、それよりもきちんとその人の置かれている周辺環境の基礎知識をインプットしておくこと、そしてそれをもとによーく観察することの方が大事なんじゃないかな、と。私の去年のホーチミン・カフェ文化調査で言えば、カフェに来ている人にインタビューやアンケートを取ることよりも、ホーチミンの人がカフェをどう捉えているのか、それをインプットしてからカフェをしっかり観察することが大事、ということになります。

 よくよく考えてみれば、私が日本にいて同じ日本人の人と会話していても、「本当のところ」は聞けないし聞かないですよね。けっこう話し込む友人でさえ、「いつもコーヒー飲んでんの?」という質問から先に進むことは、少なくとも私はあまりありません。そこから「この人はコーヒーをどう捉えているのか」を聞き出すのは至難の業でしょう(それをやるのがインタビュアーなんでしょうけど)。

 少し大風呂敷を広げると、彼女に「本当のところ」があるのか、そしてそれを彼女が日常的に意識して言語化しているのかすら不明だし、さきほど「正しい言語なんてない」と言ったばかりです。むしろ、他人の「本当のところ」を理解した、と思い込み思考を停止させることの方が危険かもしれないと思います。

 

 昨日と今日のまとめ。またじんわりと、しかし大きく自分の価値観が変わったかも。以上、Toi’s Travel Homeのキッチンの、ついさっき即席めん食べた机からお届けしました。