あまかけるの巣

今はうんちでも化石になるから。

結局人を頼るんです【ベトナム滞在4日目】

 朝8時頃に起きて、外へ。フーンライ(Huong Lai、日本人オーナーの営むベトナム家庭料理レストラン)に行くことを思い立ち、さすがにランチだな…と本日のお昼ご飯をフーンライに決定。ホステルを出てヘム(ホーチミン各地に無数に見られる路地)を大通りに向けて歩いていると、いつものようにヘムで朝ご飯を食べているご家族に呼び止められました。「朝ご飯食べていきなよ」「いくら?」「2万5千ドン(125円)」「おっけい!」プラスチックの椅子に腰掛けました。

 

 ちょっと憧れだったんですよね、ここでご飯食べるの。路上や路地でパラソルと椅子と机と縦長の透明な棚(厨房代わり)を並べておそらくご家族でごはんを召し上がっている姿は、本当にどこでも見られます。「一緒にいただいてもいいですか?」と伝えればいいわけですが、例えベトナム語が上手だったとしてもそれは言わないし言えない…。いつか一緒に食べる時が来たらいいなーなんてぼんやり思っていました。だからこうして、向こうから声をかけてくれたことが嬉しくて嬉しくて。

 少し辛い、色つき米麺(かな)と鶏肉(かな)と野菜(だろうな)の麺料理をいただきました。いろいろ話しかけてもらいました。ベトナム語で。私の隣のテーブルに座っていた35歳くらいの男性は、大きな声で私を歓迎してくれました(ですよね?)。私が麺をすすっている間ずっと分からないベトナム語で何か話をしてくれていましたが、向かいに座っている女性が「彼、結婚してるんだよ」と言い、私が「わおー♪」と言うと顔を赤らめて黙ってしまいました。

 そうこうしていると、何やらカフェ店員のような風貌の男女が5人ほど、私たちのテーブルの周りにやってきました。なんだなんだ、と思っていると、全員に試飲用のコーヒーを入れてくれました。ショットグラスほどの小さな紙コップに10mlほど。ずいぶん厚手の紙コップでした。彼らはその後コーヒー豆の袋を勧めてきました。おそらくコーヒー豆の新ブランドの宣伝活動なのでしょう。ご家族も各々コーヒー豆を手に取ってみたりして、少なくとも迷惑がっている様子ではありませんでした。人がゴチャゴチャしてきたので、タイミングを見計らいお礼を伝えて去りました。

 

 そのまま路地を抜けると、ちょうど通りの向かい側に何やら人だかりができています。どうやら市場のようです。昨日まではなかったので、おそらく土曜市か休日市だと思います。こりゃあ一見の価値あり!と思って突入しました。

 まずは衣服。ほとんどがレディース(どこも一緒ですね)。ところどころに化粧品。NIVEA、SHISEIDO、Pantane、Daveなどなどおなじみのメーカーもありました。日本からそのまんま輸入しているものも、日本で言うところのカルディ等の輸入雑貨店で見かけるような商品のようにして売られていました。宗教用具もありました。

 さらに先に進んでいくと、いきなり食料品売り場になりました。と言っても、日本のように肉や魚や野菜がパックに入って売られているのではなく、畑などから取ったそのまんまの形で置いてありました。肉はつるんつるんの大きなサイズで。日本では専門のさばき屋でしか見られないような大きなお肉たち。さすがに牛さんや豚さんがモーモーブーブー辺りをうろついていることはありませんでしたが、鶏に至っては(部位の名前を知らないのでざっくりになりますが)お肉の部分はもちろん、足、尾っぽそして頭(顔付き!焼き上がった顔でこっち見てる!)と部位ごとに分かれて置いてありました。一羽まるごと焼かれているものもありました。喉に穴が空いていたので、ここをかっ切られたのかなあと妄想。ああ、熱そうな目をしている…。ちょっとグロい。

 しかしグロさパレードはまだまだ終わりません。最後は魚コーナーで締めくくられていたのですが、こちらは生きたまんまのお魚さんがうようよ。フナ、ナマズ、鯛?もアルミのボウルの中で大量にうようよ。客が「これください」と言うと、いかにも海民な気性の荒い女性が、客に値段を伝えながら片手でむんずと魚を捕まえて、地面に叩きつけて棒で2回頭をバンバン! 鯛は瀕死状態で痙攣。そのまんま袋へ。ギリギリ殺さずに台所まで新鮮ってか…。

 一方では、足を縛られた大きな黒いカエル(のような生き物)を生きたままはさみで喉から豪快にジョキジョキ!とさばいていくみなさん。その他の魚もまだ尾びれも口も目もピコピコしているのに綺麗に包丁でさばかれていく様子。こんな光景見たことない、わけではありませんが、きちんといただきますくらいは言っていこう…と静かに思いました…。

 

 市場を抜けて、道沿いのカフェへ。1万2千ドン(60円)で、Cà phê sữa đà(カーフェースアダー、コンデンスミルク入りアイスコーヒー。この先の日記でも何度も出てくると思いますので覚えて!笑)を注文。コーヒーと冷たいお茶で涼みながら、情報収集兼お客さん観察。テーブルが4つありましたが、そのうち2つをサラリーマン風中年男性のおひとりさま、あと1つは私が使用。これから仕事…にしては時間が遅すぎる(10時)ような…。それなりに綺麗なカッターシャツだったので、何かの職に就かれているのは分かるのですが、何のお仕事でしょうか。

 手前の男性は新聞を読んでいました。やはり新聞は中年以上の人々が手に取っていることが多いみたいです。若者はネット経由でしょうか。電子版新聞あるいはYahoo!ニュースやSmartnewsみたいなものはあるのでしょうか。飲んでいたのはそれぞれミルク入りとミルク無し。とお茶。私がだいたい1時間ちょっといたのですが、お二人とも私より長居されていました。

 

 そしていよいよフーンライのある中心街へ。なんとなく歩いてしまい、じんわりと汗をまとって到着。1年前は研修メンバーみんなで来たから気づかなかったけれど、とても豪華かつシンプルな作りのお店。まずい、こんな格好で来ちゃって大丈夫かな…。

 お店に入るとXin Chàoと言われてお席まで案内。椅子まで引いていただいて。頭を下げながら腰掛けようとすると、私の膝の動きに合わせて椅子を押して座らせていただく。椅子を引いていただくのは覚悟していましたが、押していただくところまで読めず、よろよろしながらお座り。これまでこうしたマナーを気にせず食事をしていたので、急に上がる敷居。でも楽しい。

 コース料理は185,000ドン(925円)。それに昼間っからLARUAビールを頼んだおかげで計1200円ほど。うーん、なんちゅう贅沢。

 

 日本ですらいただけない、ここだけのベトナム家庭料理の味。空芯菜なんて1kgはいけるほどのおいしさ。スタッフさんのスマイルも、0円スマイルよりはるかにスマイル。お店でごはんを食べるとき、料理を持ってきていただく度に「Cám ơn(ありがとう。カッムーン、と私は言ってます)」を連発しているとなんとなく味気ないのでスマイルするようにしているのですが、私のスマイルに答えてくれるスタッフさんのスマイルに、なんとも癒やされる。どこ見てんだ私は。

 店内は外国人客で賑わっていました。3組ほど日本人客のようでした。私の目の先のテーブルには子連れのお客さんが来ており、7歳くらいの男の子が「えくすきゅーずみー」と叫ぶとスタッフさんもニコニコしながら向かっていく。男の子は3人ほどスタッフさんに囲まれて嬉しそう。私は端からニヤニヤしながらご飯を食べてました。男の子がスタッフさんから何かをもらうと、母親が「What do you say?」「さんきゅー♪」というやりとり。どこも変わんねえなあとクスクス笑ってしまいました。

 

 しばらくすると、1年前にお目にかかったオーナー白井さんの奥様が店内へ。お忙しそうだったので、コースを済ませてから挨拶にお伺いすることに。と、奥様が日本人中年男性のおひとりさまの席にご挨拶へ。どうやら常連のお客様のようで、スタッフさんにケーキ?を渡されていました。「みんな、お礼を言いなさい」スタッフさんぺこり。たくさん常連さんいるんだなーと思いつつ、腹の底では「手土産ひとつ持たずに大丈夫か己は」と冷や汗だくだく。

 デザートの前にトイレトイレと用を足して店内に戻ると、ちょうど奥様と鉢合わせ。こりゃあ今しかないなと「すみません、1年前にお伺いしました…」とご挨拶。「そうですよね!」と喜んでくださいました。御園生先生も常連だったことを伺い、ちくしょういいなとニンマリ。

 奥様のきれいな日本語に、最近日本語会話を全くしていなかった私はたじたじ。使わない外国語はすぐに衰えるといいますが、日本語だっておんなじです。書き言葉は毎日読み書きしていても、話し言葉に衰えを感じながらたじたじ。しかも今日は衣服を洗濯に出しており、下は短パン上は(みんな気づかないので東京でもよくやりますが)イオンの3枚1500円の黒いVネック下着。ヒゲもいいやーと朝剃らず、靴はどこへでも行けるようにと登山なんかで使うごっついスニーカー。そういった失礼を帳消しにするので精一杯でした。

 それでも、私のつまらない話に耳を傾けてくださって、困ったときはいつでもご連絡くださいと名刺もいただいて、さらにさらにCà phê sa đàを奢っていただいてしまいました。頼ってばかり、本当にありがとうございます。リラックスした気持ちでお店を後にしました。うん、バンメトートから帰ったら絶対また伺います。絶対。

 

 お店を出て、少し歩いてみることに。動物園を見つけ、その隣にベトナム歴史博物館(Bảo tàng lịch sử Việt Nam)を見つけ、入りました。ベトナムの貨幣の歴史、ベトナムの各地から出土した石器から、チャンパの文化まで、そして特別展として、中国・カンボジア・日本・ベトナム仏陀(Pht)の像を見比べる展示がありました。概観としては、日本や中国よりもインドやイスラーム寄りだなあと思いました。

 歴史博物館というだけあって、屋外には、阮(グエン)朝の軍が実際に使っていた大砲も展示してありました。10台ほど、大きな大砲がこれによがしに置いてある。その砲口が、子どもがワイワイしている隣の動物園の方を向いていたのにツッコみたい。

 目玉といいますか、一番驚いた展示は、1990年代にホーチミン市内で発見された老人男性のミイラ、そしてこれはまた別の場所にあったのですが、イヤリングをつけた頭蓋骨でした。ミイラは360度どこからでも見られるようになっており、甕に収められていたとのこと。きちんと顔も判別できるほどの美しさ。うーん、今日はやたらと死を見るなあ。頭蓋骨の方は、どうやら堆積した土の中から出てきたようで、上下の歯の左耳付近にイヤリングと思わしき陶器がついている展示。イヤリングつけてたんだーとも思いましたが、目を引いたのは歯のきれいさ。歯も骨なんだから残ってあたりまえなのですが、そうか歯って残るのかーと虫歯銀歯だらけの自分の歯をなでなでしながら感慨に耽っておりました。

 少し込み入った私の性癖のことをお話しすると、こういう人骨を眺めるの、実は結構好きだったりします。ご気分を悪くされる方もいらっしゃるかもしれませんが、それに気づいたのが私の祖父の葬式でのこと。火葬を済ませ、箸で甕に祖父の骨を入れているときに、亡くなった人の骨の儚さ、脆さのようなものを感じました。あの焼けた骨のカスカス感。ちょっと力を加えれば折れてしまう。歯の話に戻ると、私たちの歯も骨も、生きているとあまり意識しませんがしっかり呼吸をしています。主人を失った骨はどんどんカスカスになっていきます。普段「硬いもの」「壊れないもの」として認識しているものも、亡くなってしまえば無くなってしまう。そういう骨の性質と、骨に結びついている死に、否応なしに惹きつけられるんです。

 

 

 さて、博物館の余韻に浸るべく、行ったことのない川の向こうの地域へ。川を越え、不自然にきれいなまっすぐの道路を一本外れるだけで、ホーチミン市の「都会」のイメージが失われ、どこか懐かしい道が続きます。そこには朝見たような市場もありました。こちらは毎日やっていそうな雰囲気。朝の市場のように外国人客はまったくおらず、不審な顔をされるもとりあえずスマイル。

 自分の頭の中にある「懐かしい町」のようなものを、ベトナムの街にプロジェクションマッピングしているのかもしれません。もちろんベトナムは異国であり、日本など先進国を追いかけているかもしれないが、決して同化しようとはしていない。小さい頃通ったわけでもないし、私の「懐かしさ」の在処といえば北部九州の山や田や川であり、私の知っている町といえば既に隙間産業の失われた都市化した街並みなのですが、それでもやっぱり落ち着いている自分はいます。そういったベトナムのイメージをベトナムに、あるいは自分の仲間たちに押しつけようとは間違っても思いませんが、そんなふうに感じる部分は確かにあります。

 

 

 私は自立に向かっている…のかもしれません。心配ばかりかけてるけど。

 

 中心街に戻り、カットゥーン(観光地として有名なベンタイン市場のすぐ側にあり、一番おいしいフォーのお店。でも一般価格の2倍、300円ほど。それでも安い)でフォーを食べて帰宅。バスを使おうと思いましたが、バスを捕まえる前にホステルに到着。ベッドで休んでいると、バンメトートで既に予約をとっているゲストハウスの方から連絡が。「到着は明日か明後日になりそうです」と返すと、「ねえ、君の写真送ってくれない?」と。もしかして私ベトナムにいること疑われてる?と思いながら顔写真を送ると、「いいね! こっちはみんな若い人ばかりだから、一緒にビール飲もうぜ!」と。若い衆が一番怖いと思っているのでドキドキしながら…、それでもやっぱり楽しみになってきました。

 今夜、夜通しバスでまずは観光地として有名なダラットへ。その後ダラットからバンメトートへ。2つ合わせて12時間。うーん、耐えられるかしら。