あまかけるの巣

今はうんちでも化石になるから。

地獄の釜の蓋の開く音がする【ベトナム滞在5日目】

 ブログを書く時間がなく、長く間が空きました。だいたい1日分の日記を書くのに2時間はかかっています。自分がやったこと、考えたこと感じたことを、自分以外の人にも分かる文章できちんとまとめておきたいという思いで、ブログを書いています。できれば1,2日以内にその日の出来事を書いておかないと、いろいろ忘れてしまうのは前回経験済みです。ベトナム滞在中は、できるだけ(自分のために)ブログを続けていきたいと思います。

 

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2017 08 20

 

 前の日に目をつけておいた、CHOM HOM BO(チョムホンボ)というどこかで聞き覚えのあるようなないような名前のお店で、朝ごはんを。ベトナムのおいしい牛肉が食べられるチェーンのようです。牛肉入りカレースープとパンとココナッツジュースをいただきました。ココナッツジュースは、毎度毎度「頼んでみるか」と頼み、飲んでみて「そうだこの水っぽいやつだ」とガックリする定番のジュースです。今回も例に漏れず頼んでしまいました。牛肉は、確かに牛肉専門店というだけあっておいしい。ほどよい歯ごたえでコリコリしています。けれど、それなりの価格(10万ドン、500円は軽く超えたはず)で量こんだけかよ…と思ってしまう私。ベトナム4日目にして、金銭感覚が狂い始めているようです。

 

 だんだんやることはなくなっていくわけで(早い…!)、換金兼散歩しようと1区へ。ここでローカルバスに挑戦しました。去年辺りに出たホーチミン市内のバス路線を網羅するアプリのおかげで、どのバスに乗っていいかすぐ分かるようになっていました。便利になっていくベトナムを見ながら、はて私の国はどうだろう、観光客や地元の人にとって便利な街なのだろうか?と振り返ってみたり。

 バスに乗ると、後ろに座っていた集金係の若いお兄さんが、集金にやってきました。6000ドンを渡すと「どこに行くんだ」という顔をして尋ねてきます。「Duong Don Koi(ドンコイ通り)」と言うと、何やら話をしてきます。そうかバスアプリの情報に間違いがあって、このバスはドンコイ通りには行かないんだな、と思い、ありあわせのベトナム語で「xuon đay o dau?(どこ降りる?→バスはどこに止まる?)」と聞いてみると、ベンタイン市場に止まる、と。ベンタイン市場はドンコイ通りの近くなので、じゃあそこで降りるねと言うと元の席に戻っていきました。

 それでもなんとなく疑問が残ります。はて、どういう意味なんだろう…と、景色の過ぎゆく窓の外を眺めながら考えていると、いつの間にかベンタイン市場に着きました。お兄さんに後ろから「あー」と呼ばれたので「cho toi xuon day!(降ります!)」と叫びました。バスはバス停に入っていきました。お兄さんにこっちだこっちだと手招きされながら出口あたりへ行くと、お兄さんは私の顔を見て、身振り手振りとともにベトナム語で話しかけてきます。お兄さんの言葉の最後に「hai(2)」と数字が聞こえたので、もう2000ドン払えって言ってるのかなあと思い2000ドンを出すと違うみたい。分からんなあ、とりあえずここまで来ればドンコイ通りまで歩いて行けるし、歩くかと思いながらバスを降りました。ところが、バスを降りてもお兄さんは窓越しに、どこかを指さしながら、最後にhaiのつくベトナム語を連呼してきます。

 お兄さんの指さす方を見ると、152番というバスが。あ、そういうことか。お兄さんは丁寧に、乗換のバスを教えてくれていたのでした。ありがとねえ。でも結局、歩いて換金所に行くことにしました。お兄さん、ありがとう。

 

 

 換金所のレートは最初に換金したときより少しだけ上がっていました(1ドン207円)。今回は2万円換金、前回は4万円換金。くそう、ちょっと損した。

 

 さて、換金所から出て少し歩き、「SCHOOL OF COFFEE」という名前のカフェを見つけました。お店の中はとてもきれいでした。深い木目調のアンティークな家具、スタッフさんの立ち姿もなんだかホテルコンセルジュのようです。壁にかかった額縁には、日本のバリスタ協会の資格をお持ちのバリスタさんがいらっしゃるとのこと。なるほど、店名にも納得。

 とても上品なスタッフさんばかりで、本当にホテルのようでした。バリスタさんをはじめ、すべてのスタッフが本当に「紳士」「淑女」という言葉が似合う皆様。私が頼んだのは、レーズンパイとダラット(Da Lat。ベトナムの地名、観光スポットとして知られています)ブレンドのアイスコーヒーで11万ドン(550円)。うむ、なかなかに贅沢。ダラットブレンドのコーヒーは、日本ですら飲んだことのないほどおいしい口当たり。ワイングラスで提供され、優しい風味で飲みやすい。こりゃまた来るなと満面の笑みで長居。動画を見たりなんたりしてくつろぎました。一緒にサービスでいただいているお水を私が少し飲むと、こまめに注ぎ足しに来てくださる。帰りがけ、トイレにどたどた駆け込むほど、たっぷりいただきました。

 

 さて。フーンライに次ぐ癒やしのお店を出て、お散歩へ。サイゴン川を超えて少し遠出してみました。そこに広がるのは、外資系の大きなオフィスタワー。おそらく中心街以外にも、こんな感じのタワーがたくさん乱立しているんだろうなあ…と、不自然に大きなタワーを横目に見ながらただただ歩く。途中カフェばっかりの通りを過ぎて、暑さで力尽きました。シャッターの閉まった店先に腰掛けて休憩…。通りかかった果物売りのおばさんに、「ですよね~」みたいな顔で同情されました。

 休んでいると、緑のヘルメットとジャケットを着たバイクが。この服装はGrab Bikeのトレードマークです。先日出会ったアインさんという女性が、空港に行くのに使っていました。主に東南アジアに広まっているタクシー配車アプリだそうです。ホーチミン市内ではバス停の広告などに、このGrabとご存じUberの広告が下がっています。いわゆるバイタクです。先日バイタクには乗らない乗らないと言って、大幅に値切りに成功したことをいいことに裏切った私。使ってみることにしました。ベトナムで暮らしている彼女も使うくらいだから安心のサービスなのだろうと、アプリを使わず直接交渉してみることに。行き先は特に決めていなかったのですが、久々にうまい飯が食いたいと思い(昨日フーンライで食ったばっかだろ!)、前回も立ち寄った戦争証跡博物館前のM2Cカフェに行くことにしました。2kmほど走って2万8千ドン(140円)。値段としては、タクシーとさほど変わりませんでした。バイタク好きだからいいけど。

 

 楽しいドライブを終えて、戦争証跡博物館の前に着きました。博物館の門を眺めていたら、前回訪れた記憶が甦り、なんとなく入ろうかと思い入ることにしました。入場料は1万5千ドン(70円)、寄りたい気持ちがあるのなら、寄らない理由はありません。

 博物館の前の広場には、戦争当時に使われたものと同じモデルの戦闘機が大量に展示されています。すべての戦闘機に「U.S. ARMY」という文字が躍っています。否応なしに、この戦闘機がそこら中の道を踏み荒らし、辺りを炎の海に染めていく風景を思い浮かべます。

 今回はそのまま博物館の建物に入るのではなく、戦闘機を見ていたらたまたま見つけた、博物館の脇に展示されていたコーナーから眺めることにしました。

 この展示は、戦時中に捕らえられたベトナム人の囚人たちが、獄中でどのような扱いを受けていたのかを説明するものでした。実際に処刑の際に使われた大きなギロチンが置いてあったり、金網でできた檻(高さが7,80cm、横が2m。金網に無数のトゲがついており、中で囚人が立てないようになっています)が置いてあったり、淵の尖った穴が無数にある金属板(囚人にこの上をでんぐり返しさせる?みたい)が置いてあったり。さらにそれぞれのアイテムの横には、実際にそれらが使われている写真がいくつも飾ってありました。

中央に大きな檻がありました。囚人部屋です。金属製の厚い扉に、のぞき窓がついています。先に歩いていた人が、のぞき窓の蓋を開いてそーっと中を覗くと、「おわおっ!」と大きな声で仰け反りました。周囲の人がなになに?と振り返ります。お前も覗いてみろよ、という感じで手招きしてきます。なになに、虎でもいるの? 腰をひいて仰け反りながらそーっと覗いてみると、中には閉じ込められた人が! 「うわ!」と仰け反る私。よく見ると、本当に精巧に作られた囚人の人形でした。思わず笑顔がこぼれる私。先に覗いた面々はニコニコ。笑えているこの空間は、本当に平和そのものでした。

 

 

 博物館の中に入ると、入り口付近で枯葉剤の被害を受けた子どもたちが演奏会をやっていました。お客さんがまばらにいて、各々募金箱に募金をしていました。前回も同じ演奏会を見ました。彼らを見る度に、本当に、実際に、枯葉剤というものがまかれたという事実があるのだなと、はっきりと認識し、深い思考を促されます。

 

 開けたロビーに、当時世界中のどれだけの人がベトナム戦争を止めようとしていたかを伝える展示があります。アメリカ、フランス、そして日本がそれぞれ、デモを行ったりポスターを作ったりしたようです。ところが今日は、入り口向かって左側がいつもと違います。特別展示が行われていました。タイトルを失念してしまいましたが、ベトナム戦争を止めようと奮闘した日本人のようす、というような内容の展示でした。

 ちょうどこの展示が始まる時期だったようで、今日はその特別展示室で館長さんも!登場して展示についての座談会を開催していました。私が参加したのはほぼイベントの終わりかけのところでしたが、お話を伺うことにしました。

 前の席に座っているのは館長さんとベトナム人男性と女性。男女はそれぞれお年を召していて、戦争体験者のようです。それを聞くのは多くが日本人。特に団体でいくつか来ているようで、「この展示ができて本当によかった」と涙ぐみ日本人男性も見られました。

 日本側としての展示の目的は、戦時中、日本でも起こった反戦運動で亡くなった山崎さんという当時18歳の少年の記録を残すため、のようです。山崎という男は反戦のために自らの命を犠牲に戦った、という記録のようです。反戦運動中に日本で使われた旗、新聞、手紙、写真などが多数展示してあり、日本でもベトナム戦争反戦運動があったことを、正直知りませんでした。新宿駅が占拠されたこともあるんですね。今ではとても考えられない。

 

 博物館の内容は、あまり言葉にできません。爆破された人体や、軍隊に囲まれ今まさに殺されようとしている人が写っている写真など、直接的な写真が数多く展示されています。何か感想を言おうとすると、的外れになるような気がします。「なぜ戦争が起こったか」「どのように戦争が行われたか」「戦争の影響はどれほど残ったか」を知らない、自分の無知の部分をつつかれる気がします。

 それでもひとつだけ、博物館で考えたことを書いてみます。私にできることは何だろうか、ということです。私には、日本での戦争に巻き込まれた祖父母はいますが、ベトナムでの戦争に巻き込まれた友人知人はいません。自分の祖父母をはじめ家族にしっかり向き合い大切にすることも、私にできることでしょう。それでは、私にベトナム戦争について教えてくれた展示、博物館、人には何ができるか。それは、忘れないということだけだと思います。できるだけ真実を追究し、忘れない、自分の中で風化させないでおくこと。もちろん私がベトナム戦争について学ぼうが学ばなかろうが、現在も存命の戦争の影響を受けた人々には何の損益もありません。それでも、それが私にとっては一番大切なことなのではないかなと思います。

 

 

 博物館の側面の出口から出ると、やっとお目当てのM2Cカフェがあります。Modern Meets CafeでM2C。前回ここで、M2Cなど複数のカフェ・チェーンのオーナーさんにインタビューをした思い出があります。店員さんは若い方、私と同じ年くらいの方が多く、それでいてSCHOOL OF CAFEレベルの優しい接客をしてくださいます。そして、料理がおいしくておいしくて。前回と同じ、えび入り麺をいただくことにしました。あまりお腹にはたまらないけれど、とてもおいしい。

 

 その帰り道、路上でもくもく煙を立てながら豚肉を焼いているおばさんがいました。ホーチミンでは、こうしたバインミー(フランスパン)屋さんやカフェ、ファストフード(ソーセージや串焼きなど)やごはん屋さんが路上で展開されているところをよく見ます。バインミー屋さんやカフェはともかく、こうした路上のごはん屋さんでは、何をどう頼めば良いのか全く予備知識がなく、少し足が遠のいていました。今夜のバスは長旅になる。さっきうめえうめえっつって飯食ったけど、お肉でバッチリ満腹にしておこう、と思い、初路上ごはん屋さんに挑戦。

 結局何をうじうじ考えていたのか、「これください」「いくらですか」で買うことができました。お肉ときゅうりとご飯を丼にして渡されました。2万ドン(100円)。買って良かった。

 

 

 満足満腹でホテルに戻り、ホテルの人にお別れをして、タクシーで高速バスの出るデタム通りへ。ここは外国人街。ずんずんずんずん低音の響きが聞こえ、路上のありえないくらいの人がいます。人混みが嫌いな私は彼らを横目にするするーっとバス乗り場へ。ホテルの人の名前を伝えるとチケットをもらえました。23:10初。現在22:10。うわ、1時間。でもあんまりうろうろしたくないと思い、コンビニで廉価版オレオとVinamilk(牛乳)とDasani(いろはす)を調達しておとなしくバスの待合室で待つことにしました。

 待合室の椅子で座って待っていると、隣の中国人女性2人が「バス、23:10に出るってことですよね?」と合図してきました。たぶんそうだと思います、なんて話をきっかけに、少し話をしました。2人は私と同じ年齢、大学生で、マーケティングを勉強しているそうです。話したといっても聞き出せたのはこれくらいなのですが。私の前の席に座っていた若い中国人夫婦が2人と中国語で話しはじめたので、まあいいかと、ひとりぼーっとしておりました。

 

 23:10のお客さんが呼ばれました。やってきたのはバンでした。このバンで高速バスの乗り場まで行くようです。まあ、まさかこれでダラット行かねえよな…と半信半疑でしたが。バンはホーチミン市街を抜け、太い道路に出ました。ほとんどまっすぐの、バス停以外に何もない道路の脇に突如全員降ろされ、一同「ここですか?」という顔でお互いを見る。まもなくバスが来て一同安堵。

 バスは、寝台バスでした。運転手に足を向ける形で仰向けに寝て乗車します。席は真っ平らではなく、若干体操座りのような体勢で寝ることになります。つまり、寝返りが打ちづらいのです。覚悟はしていたけれど、絶対眠れないな…と絶望に浸る私。

 案の定、全く眠れませんでした。たまに気絶したように記憶がない部分があるばかり。というのも、まず深夜バス独特の熱気と湿気。窓ガラスが結露するほどのあっつあつの室内です。汗こそかきませんが、寝苦しい。さらに「こうかは ばつぐんだ!」なのは、運転手のおっちゃんの電話。とっても声が大きいんです。ベトナム語は声調のある言語。私には怒っていなくても怒っているように聞こえるし、ネチネチ文句を言っているようにも聞こえます。大きな笑い声の響くあのバスの中で、私の横にはすやすやと眠る子とその父親。うそん…。

 道路も日本のようにまっすぐ整っているわけではありません。大きく揺れます。なのに、ビュンビュン飛ばします。ありえないくらい遠心力をかけながらキュイーンと曲がります。上下左右にガンガン揺れます。やはり角栄は偉大だ。

 

 窓の外の景色はなかなかホラー。宿舎のような集合住宅も、木々の生い茂る森も、だいぶ発展した街も、そこら中の土からゾンビ出てきてもおかしくないんじゃねといわんばかりの迫力。

 目を開けていても怖い。目を閉じていても運ちゃんのうるさい電話が聞こえる。地獄か…。