あまかけるの巣

今はうんちでも化石になるから。

ありがとう、そしてこれからも。

 先週の土日は学祭一色だった。水曜の準備から続いた学祭は短いようで長かった。2017年度の学祭を僕の所属する映画サークルで終えるということは、映画サークルにありがとうとさよならを言うということだ。

 映画サークルは、本当に僕の大学生活を根本から支えてくれた。健やかなるときも病めるときもほとんど一緒だった。僕が上京してワナワナしているときも、そこから卒業して新しくメキメキ成長しているときも、そしてサークルのメンバーは、僕にとって重要な人たちであり続けた。それは引退した今も変わらない。

 

 映画サークルのメンバーが読んでくれていることもあり得るから、あまり言いにくいことだけれど、僕が2年半、メンバーとして監督として、制作スタッフとして、助言役として、飲み役としてやって来させてもらって分かったことは、僕は「映画を作りたい」のではないということだった。

 映画サークルのメンバーには、本当に多種多様な人がいた。ありとあらゆる映画を手当たり次第に紐解き、人間映画図鑑であり続けた人。「映画は実験の積み重ねだ!」と一念発起し、カメラワークを学ぶためにとにかくカメラを回し続けた人。必要機材をサークルの金で買い込んで編集作業にのめり込み続けた人。もちろん映画が好きではないけれど、近い趣味の友人を求めにやってくる人もいた。

 彼らは、僕にとってロールモデルであり続けた。あるときは彼を目指し、あるときは彼女を目指した。そこには歴然とした過程があり、協力者もたくさんいるが、僕はやり遂げることができなかった。要は飽き性だった。浮気性だった。映像というメディア(媒体)の一種である映画というフィールドだけにこだわり続けることができなかった。事実、「映画」という媒体に恋して制作を続ける人を見て、その人のサポートはもちろんさせてほしいと思ったが、その人になりたいとは思わなかった。

 「映画を作る」という作業を通じて、メディアを作るという作業をほんの少しだけ体感していた僕は、他にもたくさんあるメディアの形——音楽や文字、写真、インスタレーション、建築…——に目を向けるようになった。それぞれに似たようなものを感じ、それぞれの違いを理解しようとした。ブログを書き始めたのも、当初は勧められたからであるが、その習慣が今も続いているのはそういう理由からだ。自前のカメラを購入し、きちんと腰を据えて写真を撮るようにもなった。学部の芸術系のゼミに入ったこともあり、美術館や展示会にも多く足を運ぶことになった。

 こうして、「映画を作る」こと以外にも、自分の中にある鬱憤やら思いやらを外に逃がす(表現する)方法が見えた。僕は、「映画」自体を作りたいのでないと改めて知った。

 

 そうしているうちに今年の9月、ベトナムに行ったとき、ふと自分から何かが取れた。それは、とにかく誰かに認めてもらいたい、どこかや誰かに拠り所を求めたいという「強い」気持ちだった。映画サークルという場所は、その気持ちの矛先であることが多かった。けれど、映画サークル以外の場所でもその気持ちを素直に表に出していったことで、どこかそれはもう得られないのだという諦めと、そのことへの満足感が高まっていった。他人に認めてもらうことそれ自体への執着は今ももちろんあるが、それは「必要不可欠なもの」ではないと考えるようになった。次第に高まっていったその感情は、9月に頂点を迎えることになった。「過去の失敗の反省が終わったんなら、とりあえず今から何をするかじゃないすか?」と明るく問いかける自分が生まれた。

 もうひとつ、ベトナムでの体験を本当の意味で誰か(他者)に共有したいと思った。こんなにいい話が他にあるわけがないと思った。けれど、日常生活でその体験を話すことなんてほとんどない。僕自身、どうやって話をしたらいいか分からない。これを読んでいる方の中には、「そんなにベトナムで良い体験をしたなら、普通に話せばいいんじゃないの?」と思う人もいるかもしれない。僕もそう思う。でも、機会がない。それは僕が話し下手だからかもしれない。

 こうして自分の中に、誰かに共有したいけれど話すことができない明確な体験というものが生まれた。それは、自分がこれまで見つめ合ってきた、自分が表現したいことや、自分の意見や価値観の露呈とは全く違うものだった。そのコンテンツには他者がいて、自分から生まれるものよりもクッキリとしたものだった。自分語りとは全く違うおもしろさがあった。

 

 そして、その表現方法を探っていった。その過程で出会ったのが、以前の記事でも書いた写真家の小原さんとAmakさんだった。彼らとの会話で、その方法のヒントが見つかった。

 そのヒントが、ただのヒントから自分のものになるまでには長い時間がかかった。学祭の後の飲み会で顔を出してくださったOBの面々に、僕は余った疑問をすべてぶつけた。OBは愚かな若者の話をうんうんとうなずきながら聞いてくれ、的確に質問し僕も導いてくれた。そして質問が尽きた。でも僕は、このOBたちと会話を続けたかった。僕に残された手段は、僕が何を作りたいのか、何をやりたいのか、それを形にすることだけになった。

 

 そして今、僕はベトナムの写真をひっくり返している。写真研究会の友人が学祭で展示していた素敵な写真集を目指して、制作にとりかかる。

 改めて映画サークルに入って、そのメンバーに出逢えて、本当に良かったと思う。

 

 

<P.S.>
 文学研究会の人のみずみずしく若々しい文章を読んだら影響されたみたい。他人の影響を受けて自分の文体が変わるのはおもしろいですね!