あまかけるの巣

今はうんちでも化石になるから。

話せないけどそこにあること

 私がいる町は、小さな町だ。最近日本語を使ったレクリエーションやらコンテストやらに出席することがあり、他校の方々と話をしてみると、やはり私のいる町はなかなかの田舎らしい。

 ただ、そうして他地域にいる方々と話をしていると、ときたま「何にもないね、その町」と言われることがある。で、私もそれに便乗して「何にもないっすねーははは」と返す。最近は自分の町を紹介するときに、もはやこちらの方から「何にもない町ですよ」と切り出してしまうこともある。

 

 自分の口が一貫していないことは幼い頃からの持病であるが、当たり前だが、人のいるところに何もないことはない。火の無い所に煙は立たぬ、というのを都合よく裏にすれば、火のある所には必ず煙が立つ。人が暮らしているところには、必ず何かがある。

 

 その煙の端緒を、ときどき見かけることがある。なんでこんなものがここにあるのだろう、と疑問に思う。運良くそばに人がいてすぐ聞ける状態にあればアレは何?と聞くこともあるけれど、大抵はいないので黙って覚えておくに止める。

 最近発見した、理由の分からない煙のひとつに、この町の道路とバーン(家、村、集落などを指すタイ語)との関係がある。

 

 タイには、「高速道路」が随所に見られる。私の先生、生徒の他県への移動手段は、もっぱらこの道路が選ばれる。

  日本もODAを通してこの道路や鉄道などのインフラ整備に協力しているが、鉄道はまあ使われないといってもいいだろう。私とペアを組んでいる日本語教員によれば、タイ人の国籍を持つ人は、無料で3等級車両(値段が異なる列車の等級の最下位)に乗れるらしい。が、乗らない。

 

 まあそれはよいとして、この「高速道路」なるものも含めて、どうもこの道路が主管となる道路と枝葉の道に分かれているように思える。主管道路ともなると、その長さはゆうに20kmはある。ここでは、それ以上のいわゆるアジアハイウェイと呼ばれる高速道路も、主管道路と呼ぶことにしよう。

 すると、主管道路がまずあって、この周りにあるバーンらが主管道路に接続している、というような印象を受ける。

 

 となると、気になるのはどちらが先なのかだ。今は主管道路となった道はもともとから物流の動脈であって、この動脈ができたからこそ周りのバーンが成長してきたという流れなのか、それとも、バーンがもともと散村のような形であって、ある時期に物流の発展を目指して主管道路を敷いたのか。

 私の見立てとしては、前者である。というのも、あまりにこの道路が主にまっすぐ敷かれているからだ。傾斜の激しい山間部を除いて、なだらかな平野部では、道路はおおよそまっすぐ敷かれている。曲がるなら一気に、だ。イメージとしては、はじめてクレヨン持ちました、という子どもが描くあの線。自転車で走った感覚としては、日本の五街道のような感じだ。

 

 五街道で思いついたが、日本では現在の五街道の周りには「宿場町」がけっこうたくさんある。長旅を終えてどうぞ旅人の方お休みくだされ、というための場所が多く見られるが、タイの主管道路の周りにはこれは見られない。もともとあったが、皆が車やバイクを持ってしまって跡形もなく消えてしまったのかもしれないし、もともとなかったのかもしれない。

 

 どうも煙の話は、オチもないのにおもしろい。つい描きすぎてしまった。

 

 さてこのように、どうしてかは分からないがなんとなく不思議に思い、心に秘めている現象というものが、この町にはたくさんある。

 しかしこうした現象は、立ち話にするには向かない。そもそも話をしているときに、これを話そうとは思えない。それは私の話術が足りないせいかもしれないけど。

 

 だから、「あなたの町には何があるんですか?」と聞いてくれる方には申し訳ないなあと思うことがある。来て、いっしょに見てさえくれれば、「そういえばね…」と話せることがあるかもしれないのに。

 

 みんなこの町に来てくれ。そして話そう。この町について。