あまかけるの巣

雑記など

サイクリングで発見したことのメモ

 今週から学校が夏休みに入った。私の学校は2学期制なので、休みはまるまる1ヶ月ほどある。加えて、本当は今週はテスト期間。でも、私の担当の先生は私に休みをくれた。先生・生徒に会えないのは残念だけれど、休みをもらえるのはうれしい。

 

 最近は気候が涼しくなったのか、それとも体が暑さに慣れてきたのか、日中に外をぶらぶらしても辛くなくなった。というわけで、やっと念願の、この町周辺をぐるぐる回るサイクリングに徹することにした。実は7月ごろに既にスポーツバイクを手に入れていたのだが、外に出て運動しようもんならぶっ倒れそうな暑さにビビってしばらく遠出していなかったのだ。

 

 今住んでいるこの町はタイ北部のいわゆる山岳地帯。南北に平野が走り、東西を背骨のような山に囲まれている。いる感覚としては甲府盆地に近い。

 そんな地形だから、南北には走りやすい。タイ国有鉄道の駅もある100km先の市内まで、一山越えるがそれ以外は平野である。20km先の町まではちょっとした起伏に耐えればなんなく行ける。

 

 やっぱり誰かに運転してもらうより、自分で運転した方が発見することは多い。方向感覚もつくし、細かいところに目が行く。

 

 発見したことのメモをいくつか。

 

町と村の、見た目の格差が大きい。

 明確にタイ語で「ここが町」とされているわけではない*1が、その見た目から町ともいえるだろうと思える地域と、村の地域との見た目の差が激しい。

 町にはまず立派な寺があり、開けた幅広の道路があり、所狭しと並んだ出店や飯屋、駄菓子屋等の店もある。ところが、村には出店はおろか飯屋が極端に少ない。村には、伝統的な木製の高床式住居が並ぶ。また、同じ敷地に複数の家屋がみえる。町にもこの形式の家も見られるが、1階部分にさまざまな店が入っている長屋の2階に家があることもある。

 つまり、土地全体にまばらに集村が分布している。それは無規則に家々が集まった塊村であったり、列村・路村とも呼べそうな太い道に沿った村であったりする。

 

寺と学校と政府機関は異常にキレイ(なことが多い)。

 村・町の規模にかかわらず、寺と学校と政府機関はほとんど立派な佇まいをしている。特に寺は、定期的に何度も塗り直しをかけていると思えるほど、いつ見てもキレイだ。私の周りにある寺は金色を主としたところが多く、素材に陶器が使ってある*2などこだわりも感じられる寺が多い。

 学校や政府機関も同様に、校舎の新旧はあれど、外からさっと見て「おお、突然開けた整った土地が出てきたぞ」と思えるほどにキレイにされている。とくに皇族の真影は手入れが行き届いている。

 

 私の学校では、1年に1回外壁を塗り替えている。外壁を4つの部分にわけて、これを4年かけて一巡する。すべてクラスごとにチームを組ませ、生徒が描く。

 私の学校の校舎はお世辞にもキレイとはいえない…(とくに校舎の外壁掃除は私が赴任した6ヶ月中まだ1回しか見ていない。掃除がされる前までは、鳥の糞などが窓にこびりついていた)が。みんなで校舎掃除しよう…。

 

道路を整備する頻度が少ない?

 今月はよく、学校の先生生徒と市内に行った。市内で開催されるコンテストやレクリエーション行事などに参加するためだ。そこで高速道路を頻繁に通った。高速道路の多くは高架化されず、地面にそのまま敷かれている。

 この高速道路でさえ、路上の穴ぼこや段差が激しく、何度も車を揺らした。そこを100kmほどでソンテウやら大型トラックでびゅんびゅん走っていくわけだから、なかなかの揺れっぷりである。おそらく高速道路が敷かれてから、あまり整備されていないのではないかと思う。

 

 以前お隣のチェンマイ県に出かけたときに高速道路の工事が行われている区間があったが、そこは印象としては洪水か何かで道路が決壊したために工事しているようだった。道路がまったく通れなくなるまで、そのままにしているのが現状かもしれない。

 

 これと同様に高速道路以外の道路も、滅多に工事現場を見ない。しかし、穴ぼこや段差が多くある。

 

 

若者は道端でのんびりしない?

 道を自転車で走っていると、当然だがそこにいる方々とすれちがう。ここ3日昼間に2,3時間ほど走ってみたが、午後の時間帯には、自分と同じくらいの年齢(20~30歳代)の若者はまったくと言っていいほど見なかった。店番をしていたり農具を持って歩いたりしているのは、だいたいおじさん、おばさん、おじいさん、おばあさんが多い印象を受けた。

 すれちがうバイクに乗っているのも中高生が多く、20~30歳代の人はほとんど見なかった。

 

 実は今住んでいる町の中でも、この年代の人々はその他の年代と比べて圧倒的に少ない。いないわけではないが、少ない。

 

 道端でおばあさんが集まって井戸端会議をしている風景はよく見るが、若者が道端でたむろっている姿はあまり見かけない。若者は私の見えないところにいるのか…?

 

 

作物畑がごちゃ混ぜ。

 この地域にはたくさんの畑がある。田んぼはもちろん圧倒的に多いが、トウモロコシにパイナップル(これらふたつはこの地域の名産らしい)、ゴム、マンゴー、ランブータンなどの畑がたくさんある(何の作物か分からない畑もたくさん)。

 だが、種別によって区画が分かれているのではない。何か規則があるかもしれないが、これらはバラバラに作られている。だから道を走れば、トウモロコシ→田んぼ→トウモロコシ→パイナップルといったように、見える畑が頻繁に移り変わる。

 

 どういうわけでこういう配置になっているんだろう。

 畑は畑としてあり、畑の真ん中に家があることは少ない。このことから、畑の持ち主の家は別のところにあり、持ち主は自分の畑まで来て農作業をする、ということになるだろう。となると、その区分けはどういうふうになされるのか?

 

 

田畑の中の森、林がそのままにされている。

 あくまで私が日本で住んでいた田園地域の話であるが、そこは文字通り「一面の田んぼ」であった。きれいに区画整理をされ、川があるところはそれを崩さずに整理されていた。

 ところが、この地域の田畑の中には、どかんと森があったり、林があったりする。そこはそのままにして、その周りに田畑が続くのである。これを切ろうとする発想がないのだろうか。

 

 また田畑の特徴として、ゴム、パイナップル、トウモロコシ畑はそれぞれの樹木や苗木が規則正しく縦横に植えられているのに対し、田んぼの稲は無秩序に植えられている。日本の田んぼよりも稲と稲は密集して植えられている。

 

 

何かと小さな家がある。

 道すがら、よく小さな家がある。屋根と高床と柱というシンプルな構造で木製が多く、ボロボロになっていたり、道具倉庫として使われていたりする。どこにでもあり、森の中や田畑の中(森や林のように、無規則にどかんと建てられている)に、無数に存在する。

 

 今のところ、急なスコールに対応するための屋根代わりなんだと理解している。が、先日自転車で走っている途中にスコールに遭い、近くにあった小さな家に避難した。ところがその近くにある畑で開墾作業(か?)をしていた男性が、カッパを着たまますぐそばにある小さな家に入らない様子を見た。たまたま使わなかっただけだろうか?

 

 

 とりあえずここらへんにしておく。

 

 この地域の平野部分の標高は500mである。もう少し山に登れば、コーヒー農園もあるそうだ。まだまだ、この地域は知らないことだらけだ。

*1:細かく言えば、私がここで町と呼んでいるのは、特定のタイ語の行政区分をあらわす単語に対応していない

*2:ここランパーン県は陶器の生産・加工地として有名である