あまかけるの巣

今はうんちでも化石になるから。

BGMが流れる店

 タイの定番飯、チャーハン(カオパッ)、ラーメン(クイッティアオ)、鶏飯(カオマンガイ)を頼むと、他にはない味で出してくれるお気に入りの店が、ランパーン市にあった。

 けれど、その店には三度ほど行ったっきり、もう行かなくなってしまった。

 

 大音量で音楽を流す飯屋が、ここには多い。とっても大きくて立派なスピーカーが、場違いを存在でぶち壊すようにどかんと置いてあって、それに各々スマホを繋いでYouTubeやらJOOX(こっちで流行っているストリーミングサービス)やらで音楽をどかどかと流したりしんみり流したり、はたまたずっと使わずにインテリアと化してるスピーカーもある。

 とりあえずそういうスピーカーがたくさんある。

 

 その店は、流行りの音楽をBGMとして流す店だった。初めて店に入ったとき、Ed SheeranのShape of Youが流れていた。店には、欧米風の顔立ちの客がいた。

 店のおばさんは人なつっこく、明らかにタイ人っぽくない私に「何人?」と聞いてきた。日本人です、と答えると、にっこりした笑顔で「私日本にいたよ!」といいね!してきた。おばさんは10年近く日本で働いたことがあるそうで、日本語がペラペラだった。おばさんは僕が席に着くなり、扇風機と冷風機を僕に向けてくれた。

 そこで出てくる料理はどれも、最初に言ったように、ちょっとした変化球のスパイスが効いていておいしかった。久しぶりにごはんで元気が出た。

 

 ちょっとした世間話を終えて、おばさんはおもむろにスピーカー近くのスマホに向かい、流していた曲をRADWIMPS前前前世のカバーに変えた。後で聞くと、YouTubeに上がっている日本のヒットソングプレイリストを流してくれたそうだ。

 

 料理がおいしく、他にないこだわりの味だったので、また足を運んだ。そのときも僕が来るなり、それまで流していたタイ語の演歌が前前前世になった。さすがに聞き飽きていた。

 

 3回目に足を運んだとき、店の内装が変わっていた。それぞれのテーブル席に仕切りがついていた。まるで居酒屋のようだった。おばさんに話を聞くと、ちょっと気分を変えたくて、と言っていた。そして、「日本人こういうの好きでしょ?」と笑って言ってくれた。

 確かに好きだった。落ち着いた。おばさんは本当に気分を変えたかったのだろう。でも僕は、それ以来その店に行かなくなった。その日も、前前前世が始まった。

 

 

 どうして行かなくなったのか、自分でもよく分からなかったけれど、言葉にするなら、たぶんおばさんの店が「自分に合わせてくれる」度合いが大きくなりすぎたからだと思う。僕はおばさんが「うまいだろ?」と自信満々で出してくれる飯が好きだった。それはいつも変わらなかったのだけれど、内装が、そして音楽が、どんどん「日本人好み」になっていってしまった。おばさんがどんどんおばさんでなくなっていく気がして、距離を置きたくなったのかもしれない。

 

 どうせなら、おばさんが本当に大好きな内装の中で、おばさんの大好きな音楽を聴かせてほしかった。そこで小一時間ぼーっとして、ごはんを食べながら元気をもらっていたかった。

 

 

 翻って自分はどうでしょうね。絶対変えたくないところなんてあるんでしょうか。ありませんよ、そんなもの、と冷たくあしらうことができなくなるくらいには、大人になりました。大変です。