あまかけるの巣

今はうんちでも化石になるから。

職探しの準備をしていますよ

 10月も末に入った。タイに来てからというものずっと暑かったから、季節感覚を失い時間感覚を失っていたけれど、もう10月なのだ。慌てて職探しの準備にかける時間を少しずつ増やしている。

 すべてを犠牲にして得たいものがまだどれか決められない空っぽ状態だ。けれど、いつまでも親の庇護にあるわけにもいかず、まず自分ひとりくらいは食わせなくてはいけない。そのために職を得なくてはならない道理は分かっているつもりだ。

 多くの企業が同じような「内定への道」を設定している。自己紹介シート(学業成績を含む)・学力テスト・面接。もちろん現実にはこれに「人と人」のコミュニケーションが入る(いわゆるコネというものだ)が、まずは形式的にでもこの3つを準備しなくてはならない。

 

 今の自分がさっとできる準備に何があるかといえば、まず一つ目、王道3点をクリアすべく準備することだ。志望先も志望業界を絞れていない状況であるが(おそらく大多数の職探しナカマがそうだろうが)、もし職探し中にトキめく職を見つけたときのために、準備しておきたい。

 それに案外やってみると、学力テストの準備というか、大学受験レベルの勉強は楽しい(これを機に数学を学び直そうと思う)。大学受験のときにはただの文字の羅列にしか見えず、文字と文字の対応関係がぜんっぜんピンと来ずに「数学は暗記だ」と豪語する友人にひれ伏していたけれど(それはある意味で正解だった)、哲学の勉強の真似っこを通してちったあ論理の訓練ができたのか、ちょっとだけ親しみが持てるようになった(今も頭ボッカンですけど)。

 

 さっとできる準備の二つ目は、今の仕事をより丁寧にこなしていくことだ。この仕事では、ほぼ毎週日本に関するトピックを紹介することを求められる。その内容は当然、日本を肌で感じたことのない人々を相手にちょっとでもイメージしやすいものが期待される。

 この本来分かりづらい、というか、理解できるはずのない(そもそも日本のことを理解するってなんすか?)ものを分かってもらう作業というのは、けっこういい仕事だと思う。いい仕事と言う理由は、まず自分がやっていて楽しい。あくまで自己満足としての楽しさだけれど、授業の中で生徒が生きたリアクションを返してくれるし、それを受けて毎時間伝え方に磨きをかけてみる楽しさがある。まるで演劇をやっているようだ。

 生徒が興味を持って自らネットで情報を漁ったようで、授業おわりに「芸者と花魁の違いってなんですか?」って聞きにきてくれたときの感動は今でも忘れない(その回答はとてもいい答えとは言えないものだったけれど)。

 

 前期は、一緒に授業をする先生が適度に自分の荒削りの提案を梳いてくれるのに頼りっきりだった。後期からは少しずつ、先生にとっても生徒にとっても親しみを持ってもらいやすい内容を、提案する前から自分で作り上げられるようになりたい。ひとつひとつの機会をもっと大事に使わなければ。

 

 

 さて、そういうわけでこの二つの準備に取り組んでいるわけだが、問題もある。それは、気にかけて取り組みはじめたものにけっこう囚われてしまう性だ。職探しよりも好きなこと、音楽を聴いたり自転車で町を回ったりといったようなこと、を気づかずになおざりにしてしまう。自分の行動やら思考やらをすべて、未来の仕事に最適化しようとしてしまう。現実にはない「未来の仕事」から逆算して、今の行動を変えてしまう。それじゃあ未来の奴隷じゃないかとハッとする。

 

 自分の未来を考えようとすると、不安が襲う。そして今が見えなくなる。だからあまり気にしないようにしている。未来のことを考えると、決まってあの「焦り」が出てくるから嫌いなのだ。

  いつだったか、「業界」ってそもそもなんだといろんな業界を眺めていたときに、偶然面接の流れを図解するというブログ記事に出会った。ノックの回数やら、いきなり座らないとか、面接のスタイル別攻略法など定番の情報ばかりで特に目新しい情報はなかったのだけれど、なんだかそれを見ていると、焦りの感情が湧いてきた。

 このよく分からない焦りが湧いてくる症状。タイに渡航するときに、タイでのマナーに関するサイトを読むことがあったのだが、そのときにも湧いてきた。

 そもそもこういうマナーの類は、「タイの人はやさしい」「何か困ったことがあったらマイペンライで乗り切る!」といったようなトンデモが混ざっていることが多いから、あまり好きではない。けれど、例えばむやみやたらと頭を叩いたり人に足を向けたりすることは御法度だというけっこう大事な情報があることもあるので、我慢して読んでいた。そうしたら、その面接の流れ、面接のマナーの情報を探していたときと同じような焦りが出てきた。

 

 どうしてマナーを気にすると、焦るのだろう。過去にマナー違反の行動をしていたことが自覚できたので恥ずかしい、という焦りか。それもあるだろう。自分が今後そのマナーを守れるか心配、という焦りか。それもあるだろう。しかし、それ以上に何か、この焦りの感情の源泉がある気がする。

 

 

 焦りは禁物。けれど、自分の頭でこの先のことを考えなくてはならない。引き続き精進しますよ。